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バブル時代のクリスマス・ディナー [バブル時代/80年代後半~90年代初頭]

クリスマス近くになると、そこらじゅうで流れていた山下達郎の歌声。

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1988年12月、JR東海の『クリスマス・エキスプレス』TVCMソングに山下達郎の「クリスマス・イブ」が使用され大ヒット。

「雨は夜更けすぎに、雪へと変わるだろう♪」を聞くと、当時を体感した人にとっては、今となってはバブル時代のクリスマス狂騒曲のテーマソングのようにも聞こえてしまいます。(もちろん名曲ですが)

その山下達郎が音楽を担当した、秋元康企画の1989年11月3日公開の『君は僕をスキになる』という映画がありました。 

キャストも山田邦子、斉藤由貴、加藤昌也、大江千里という顔ぶれ。
 
この時期、秋元康が企画を仕掛けるほど、クリスマス・イブが盛り上がっていたのは事実です。

翌1990年には10月からTBSの『クリスマス・イヴ』が始まり、毎週ドラマの最後に「クリスマス・イヴまであと○○日」と流し、お相手の決まってない当時の若者たちを焦らせ、あおり立てていたのは事実です。


ビッグ・クロスビーの『ホワイト・クリスマス』が、ワム!の『ラスト・クリスマス』に負けた1984年初冬こそ、家族のイベントから二人きりの世界にクリスマスが変貌した転換点だったという、まことしやかな説があるのです。


デート→プレゼント→ディナー→ホテルというお決まりコースの中で、バブル当時と今と最も違うのがディナーだと思います。

今では考えられないことですが、当時のおしゃれなレストランはどこもかしこも「クリスマス・ディナー」というコース料理を出していました。

店によっては臨時テーブルまで出して、キツキツの席の、壁側にずらりとドレスの女の子、反対側に借り物タキシードの男の子がずらっと並ぶ光景。

普段よりも「高め&少なめのコース料理」を、ひと晩何回転もさせるために時間を区切っていっせいに料理が運ばれ、あわただしく食べさせられ、「ハイ!次のお客さんに交代」と追い出される感じでした。

いまでは行列のできる人気ラーメン店で見られる異様な光景が、当時はおしゃれなレストランで展開されていたのですから驚きです。

夏のあいだにホテルの部屋を予約し、タキシードのレンタルも予約し、プレゼントに食事にホテルで10万円近くかかる軍資金のためのバイトに励む男の子。

レストランを含めたデートーコースは事前に下見して所要時間を計算し…若い男にとっては受難以外のなにものでもなかったパズル時代のクリスマス。

そのバブル経済が崩壊し、日本全体が意気消沈した雰囲気に包まれると、クリスマス・イブの食事事情も一転したのです。

90年代前半には「大げさなレストランより、家で鍋のほうがいいよね」みたいな話になる。

80年代後半~90年代初頭に、バブル経済の高揚した世間に踊った若者も大変でしたが、踊らされたレストランやホテルも大変でした。

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